青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

優しく泣きたい時には古戸マチコ先生の「やおろず」でホロリと。

去年だったかなー。日経新聞で「涙活」が取り上げられてたんです。泣いて癒される。ストレスから解放される。その気持ちってとてもよくわかって、素敵な映画なんか見て涙をポロポロ流した後って、デトックス的に気持ちがすっきりするなって。

でも女の人は、マスカラしてるわけですよ。おいそれと簡単には外で泣けない。パンダ目になるから。だからそういう時、自分はお気に入りの泣ける作品を部屋で静かに再読します

 

その時の再読筆頭は、河上朔先生の「wonder wonderful」と、古戸マチコ先生の「やおろず」です。

どっちもネット小説発、しかも今では珍しい「小説家になろう」外の個人サイト発のネット小説発作品。この二つと、まだ完結してない秋月アスカ先生の「道果ての向こうの光」は当時夢中で読んだなぁ。「花術師」、「F(エフ)」、「she&sea」、つまり糸森環先生の作品群と合わせて、自分的別格の作家さんです。この御四方

 

で、やおろず読むのは、ひたすら何も考えず優しい気持ちになりたい時です。部下に辛く当たっちゃったな、どうしようもないけど冷たい判断したな、なんで友人を励ませる自分じゃないんだろう、と落ち込んだ時に、優しさを取り戻したくて泣きたくなる。そんな時に読むのがやおろずです。

 

やおろず(作者:古戸マチコ)

トトロのように、そばにいて。

やおろず (レガロシリーズ)

やおろず (レガロシリーズ)

 

アンパンマンが顔を差し出すだけで泣ける涙もろさが自慢ですが、やおろずは、やばい

明るく真っすぐツッコミ気質な澄香と、個性的で愉快でボケぼけした八百万の神様たちが繰り広げる日常に、笑って笑ってたまにぼろ泣き。笑いあり涙ありのヒューマンコメディとして、不動の地位を築いてます。主に自分の中で。

神様たちと共同生活を送る澄香の前に、おひな様や節分の鬼、果ては呪いの藁人形も、どこか可笑しく優しい姿で現れて、引っ掻き回してとけ込んでいく。そんな不思議なようで日常的なエピソードが、どれも素敵です。やかましくもあったかい。とても、和む。見たことはないけれどいたら良いな、という意味で、やおろずの神様たちはトトロのよう。

そして、ほのぼの日常笑いあり涙ありエピソードから一転しての、日常のふとした謎、そこから紐解かれた遠い日の約束、忘れていた日々を超えて果たされる約束。後編はどのエピソードも展開が秀逸だし、そっと埋め込まれていた伏線をキレイに回収しての大団円が美しすぎる。

そしてやっぱり澄香はいい子だなぁ。真っすぐ謝って、約束を果たそうと駆け回っての「約束を果たさせなさい!」には嗚咽が堪えきれない。あと、回想として挟まれる今より更に真っすぐなちび澄香は、最終兵器幼女過ぎます。

人に信仰されてこそのやおろずの神様たちの、ゆかいであったかく、でもどこか儚さをまとう優しさに、ほろほろ心がほぐれていきます。

 

やおろず弐 でこぼこな恋、始めました。 (作者:古戸マチコ)

優しくつづく、その予感。

やおろず弐 でこぼこな恋、始めました。 (レガロシリーズ)

やおろず弐 でこぼこな恋、始めました。 (レガロシリーズ)

 

人とやおろずの神様たちの不思議なようで日常的なハートフル同居コメディ。

本当に澄香は善い子だなぁ・・・!流され巻き込まれそれでも親身になる優しさも、河童をカッパ巻きのイメージで見ちゃうヘンテコなセンスも、大体のことは包み込んじゃう大らかさ具合が最高に良い感じです。同居のやおろずの神様たちが、澄香を愛してやまないその気持ちがよくわかる。そんな訳で前半の河童の段はひーひー笑い通しだった。

弐巻は恋愛分が増量、無意識に野呂くんを構っちゃう澄香とか、そんな澄香にふてくされる家神さまとか、それをやんややんや揶揄う神様たちとか、その空気感がやかましくて微笑ましい。だったのに。野呂くんに構うだけ「見えなくなる」家神さまたちの描写に、ひたひたと別れのあしおとを感じてすうっと胃が冷たくなります。え、やおろずの神様が好きなのに。やだな、もう。恋愛分上げなくていいよ・・・!

そうじゃなくてもマレビトの段は、マレビトとその慕う女性、澄香と家神さまの関係が重なって、しかもいちいち家神さまの呟きが切ないせいで、胸が痛みます。

で、そんな。別れの予感をひたひたと忍ばせての澄香の段。澄香は本当に善い子だなぁ・・・!その選択がとても優しくて温かいし、それに相対しての野呂くんも格好良かった。恋愛分いらないとか言ってすみませんって思った。

優しさってどんなものか忘れがちな誰かの枕元に、この本をそっと置いてきたい。

 

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