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青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

ここは検索避けのない場所。

思考

はてなブログ4周年おめでとうございます。

他の方の文章を読んで書きたくなったので、自分も「4年間で変わったこと、変わらないこと」を書きます。

4年あればいろんなことが変わるし、どこに焦点を合わせるか考えたんですが、先日こちらの記事読みまして、

人を集めるだけが編集じゃなくて、人を遠ざけることも編集。 | 隠居系男子

人を集めるだけが編集じゃなくて、人を遠ざけることも編集だと思うんです。それは高級ブランドの路面店が一般人には入りにくいように。もちろん高級店だけじゃなく、場末のスナックだって同じこと。

意図的に、無関係な人たちを遠ざけることができるのも、編集力や企画力です。誰も彼もが寄ってくることに対して喜んでいるうちは、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!と声高に叫んでいるバナナの叩き売りと同じです。

「人を遠ざける編集」に思いついたことがあったので、この4年間で自分の立ち位置が変わった「検索避け」の話について。

 

自分がかつていたゲームの二次創作界隈には「検索避け」文化があります/ました。SNS普及で有名無実化した感もありますが、百合やBL、成人向けジャンルを扱ってるところは今も徹底...してるといいな(願望)

二次創作はそれ自体オリジナルの改変と解釈される行為で、著作権法的にはグレーと判断されることもあり、基本的に公式サイドの黙認・好意で成り立ってます。

だからこうした活動を行うファンの間では「一般の人に見られないための配慮」として「検索避け」対策がされます。検索エンジンの検索結果に反映されないよう、いわゆる逆SEOを行うんですね。

公式情報と勘違いさせないように。二次創作を知っていても「公式発表」以外を苦手とする人に不用意に見せないように。検索避け対策と共に「ソーシャルブックマーク(オンラインブックマーク)お断り」をリンクポリシーに掲げるところも多かったと思います。

 

「不特定多数」の見たくない人に見せないようにする。要は「ゾーニング(棲み分け)」なんですが、じゃあ誰にも見られたくないのかといえばそれは違って、文脈を共有する「特定多数」には届いて欲しいんですよ。

だから検索の代わりに、ファン検索サイトや相互ブックマークといった文脈を共有する特定多数の繋がる仕組みができあがります。だって好きなモノは共有したくなるわけで。届けたい層にだけリーチすればいい。

不特定多数の目に触れないよう配慮しつつ、特定多数の人たちとは繋がって楽しみたい。

怒られそうですが、一見客/取材お断りのお店に近い気もするんです。お互いの顔が見える関係というか、そのお店のコンセプトを理解した人が集まって常連さんになっていくようなそんな路地裏のお店感。

はてなダイアリーにもそんな空気を以前感じていたのです。検索経由で来る人を意識するよりも、キーワードとトラックバックで繋がって、不特定多数というより特定多数の誰かに向けて書かれた文章が多い記憶でした。

 

でも4年の月日を挟んで。今、自分はジャンルを変えてはてなブログで書いてます。

いろんな人に見てもらいたかったので、グーグルの検索結果に反映されるようインデックス登録のリクエストしたんです。それが反映されて、いろんなところからいろんな人が来ます。

検索避けのないこの場所にやってくるのは、特定多数じゃなくて不特定多数の人々です。文脈を共有している人もしていない人も、検索やSNS経由でやってきます。

はてなブックマークでホットエントリー入りした時は、コメントに「あれ自分そんなこと書いてたっけ?」と首を傾げるくらい伝わらないこともあって驚く。いいたいことがそのとおり伝わらなくて「あー自分は文脈に助けられて言葉を書いてるんだな」と再確認したりもします。

 

たまに、不特定多数じゃなくて特定多数の方が楽じゃない?て思うこともあるんです。検索避けの文化の中で育った自分は、文脈を共有している人との会話の心地よさを知ってるので。

そうじゃない人たちに言葉を重ねて説明しようとするのは面倒でもあるし、冗長に言葉を重ねる分、文脈を共有して好きになってくれた「常連さん」が離れてくんじゃないかとヤキモキもする。

でも一方で、特定多数よりもっと多くの「それを好きになる可能性があるのに知らない人」が、不特定多数の中にいるんですよね。自分はその人たちにも好きなモノを伝えて、あわよくば共有したい。

その人たちに向けて言葉を重ねることを億劫がるくらいなら、わざわざブログなんて時代遅れなこと、はじめなかったんじゃないの?と。

 

賑やかな駅前通りに面した、味もサービスも均一なファーストフード店になりたいわけではなのです。だいたいそんな万人受けする文章書けないし。

でも、常連客以外誰もこない住宅街のお店で、「自分がおいしいと思っている味」を人知れず廃れされていくのももったいないと思ってる。

好きなモノを誰かと共有したい、という気持ちは今も昔も変わらないけれど、届け方は変わったなと。そんな「4年間で変わったこと、変わらないこと」です。いつも迷って3歩進んでは2歩後退して、て感じですけどねー。

 

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