読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

犬山紙子さんの新聞コラムと、買いたい欲望の話。

8月1日の朝日新聞で、気になったコラムがありました。

(耕論)消費しない日本人 藤野英人さん、清水義範さん、犬山紙子さん:朝日新聞デジタル

買いたい欲望絶対ある(犬山紙子)

人と同じものを大量に買うから、捨てたい。でも、捨てたから後悔したくないので、どれを残してどれを捨てるかの基準がほしい。「フランス人は10着しか服を持たない」も、近藤麻理子さんの「人生がときめく片づけの魔法」も、「どれを残すか」の指南本なんですね。

買い物をしたくないんじゃなくて、たくさんものを買うからそういうものが読まれる。

「持っているものが少ない」と言う人は、自分は「見抜く目」を持っているんだとアピールしたいんだと思うんです。

これよくわかって、ダイエットであれデトックスであれ、余分なものを捨てたい、という衝動が自分にもあります。そしていちいち判断迷うのはストレスだから、捨てる基準もほしい。

この引用記事、「上質でいいものを着続けるのがおしゃれ」なムードがあるおかげで、お金のない人たちにとっても「ものが少ないほうが豊か」という価値観は好ましい、と続くのですね。けれども最後「でも、」でひっくり返して、

「1シーズンしか着られないけれど、かわいいから欲しい」という気持ちは大事だと思うんです。

と話を結びます。

 

「ものの目利き」「ものの少なさ」が持て囃される時代なのに「かわいいから欲しいという気持ちは大事」。

これってどういう意味かなーと、そんなことをここしばらく考えてました。

経済的にはわかるんですけれどね。景気対策を打っても、個人が消費しなければ本格的に景気が上向かない、てのはありますし。

でも犬山さんのコラムって、それよりもっと直感的なニュアンスです。なんとなく自分もこの言葉に頷きたい気持ちがあるけれど、理由はイマイチはっきりしない。

 

それで心の隅で考えてたんですが、旅行の準備をしていているときにふと「1シーズンしか着られないけれど、かわいいから欲しい」って、「旅行」に似ているなー!と気がつきました。

自分にとって旅行って、人生に必ずしも必要なものじゃなくて、普段の生活の役に立つものでもありません。あったら嬉しいけれどなくても物理的に困らないもの。少なくとも合理的な判断をして、旅行を「すべきである」という判断にはならない。

旅行って、お金かかるし準備も当日も時間取られるし、関連グッズは普段使わないのに家の中占領するしで、日常生活を妨害するものとも解釈できるんです。つまり旅行って「無駄」な存在。

でも自分にとって旅行は「大切」な時間だし「ときめく」経験が得られるものです。それはとても好ましい「無駄」で、日常生活の時間とか効率を犠牲にしたっていい。

というか、ものを捨てる行為って手段であって人生の目的にならないけれど、旅行って人生の目的にもなり得るんじゃないかな、人によっては。

そんな訳で「1シーズンしか着られないけれど、かわいいから欲しい」感情って、自分にとっては「旅行」と同じ大切な「無駄」でときめきなんだよーと、そんな気づきの話でした。そういう買いたい欲望も肯定して、日々を楽しく暮らしていきたい。

 

あ、もちろん快適な日常を維持する手段として、片付けは大切です。特に、何かを買うときは「人と同じもの」「誰かに欲しいと思わされたもの」を避けたいですし。

そんな時には無理せず直感でモノを選ぶ「ときめきの片づけ」がおすすめです!(唐突にこんまり先生の本を普及)

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法