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青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

なんか、馴染みの蕎麦屋ができてた。

蕎麦屋で日本酒をちまちま舐めつつお蕎麦を待っていたら、テーブルに「これ好みに合うと思うよ」とおちょこが載せられたのです。お店の人から「いつも来てくれるからサービス」とのことで。ありがたくいただくと確かに好みの舌触りでした。おお…。

そこのお蕎麦屋は、立地と料理の分量と、何より自分が好きな「くどき上手」を扱っているという理由でよく利用します。あと、日本酒頼むと一緒にお水持ってきてくれる心遣いも好き。

長居することはなくて、空いてるやや遅めの時間に行ってさっと飲み食いして帰る、そんなお店です。だって蕎麦屋だし。

お腹満たしつつ一杯だけ飲みたい、くらいの使い方で、あまり顔を覚えられるような頻度で通ってもなくて、自分もお店の人の顔をあんまり覚えてなくて、だから冒頭のやりとりにびっくりしたしました。え。自分のこと認識してたのですか。

それを素直に話したらば「いつも帰りがけ『おいしかったです御馳走様です』とあいさつして帰るのが育ちのいい子だなーと思って」といわれて、こそばゆかった。なにそれいずい。

 

ちなみに自分そんな育ちが良くもない女なので、立ち寄ったお店すべてに対して「美味しかったです御馳走様です」なんていいません。料理やお酒がおいしかったお店でだけ。それ以外ではいわないことで、密かに優越を感じる性格の悪さです。

だからちょっと罪悪感もあったりした。だって、多分自分はおいしい料理やお酒への感謝でいっただけで、あまりお店の人に向かっていったつもりがなかったので。

でもですね、自分の中に色眼鏡がかかった。なんだか急にお店の人の顔が見えた。て、これニュアンス伝わるでしょうか。

だってそんな風に心遣いされれば、どうしても「お店の人」的記号だったその人が名前になる。「近所の蕎麦屋の人」が「蕎麦屋の山下さん」になる。これはあくまで比喩で、名札がなかったので名前は知らないのですけれど。

自分が「お客」的な記号じゃなくて名前で扱われと思えば、自分も同じように返したくありません?もちろん相手にとっては、リップサービスの範疇だよなーとはわかるのですけれど。

記号が名前になる感覚。要は今まで知ってるつもりだったものが突然見えるようになる感覚、てやつで、そういうひそやかな驚きがあったのですよその時。

 

だからこれから自分は、素敵な食事時間への感謝としての「おいしかったです御馳走様」に、相手への感謝も上乗せするんだろうなと思うんです。これが馴染みのお店ってやつかなー。

あ-、こういう時チップ文化ってあるといいのに。目に見える「上乗せできる感情」てなんかいいですよね、羨ましい。 

ワカコ酒 1巻

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ワカコさんぐらいいろんな場所で飲んでみたい風な気持ちある。

 

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