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青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

自分の文章が、誰かの思いを伝える助けになるという衝撃。

前の会社の先輩が海外転勤決まったというので、壮行会があったのですよー。

いろんな年代の人たちに可愛がられる、慕われる人なので、結構大人数での壮行会で、すでに外の人な自分もノコノコと参加することにしたのですね。

それで、単に集まって飲むだけっていうのもちょっと勿体無いね、何か余興とかする?したいね!という話になって、若手寄りな皆で集まり、でも会場的に歌とか寸劇は向かない...ねぇそうだ先輩のエピソードを募って新聞を作ろう!みたいな結論に至りました。

エピソード収集を前の会社に残ってる人たちがやるので、じゃあ私それを文章化するよ、みたいな流れになり、実に1ヶ月近くの時間をかけて新聞が完成したのですが(そして新聞というか雑誌的な厚さになった。先輩の人望厚すぎである)、その壮行会が今週あったのです。

 

「久しぶりー元気だった?新しい仕事どうよ」「順調です。でも先輩がいないのが唯一のマイナスですねー」「いうようになったな!」みたいないつもの調子で懐かしい先輩やその他面々と再会し、和気藹々と歓談しつつ、ちょうど会話の切れ目で「先輩にプレゼントがあります!」と新聞を先輩と、今日の参加者に若手から配布したのですね。

割とみんなシーンとした空気でそれを読んでいたら、先輩、嗚咽を漏らすように、そのうち本当に泣く感じになってしまって「これすげー嬉しい。つーか感動して泣いたの久しぶり」と照れて、そのあとは先輩、ビール瓶片手に席を回りながら、あのエピソード懐かしい、あれそんな裏話あったんすか、と、それまで以上に盛り上がったのです。

会の終わりの方に私もお話して「これまとめたのお前なんだってなーなに転職してから暇なの?」と、とてもとても楽しそうに仰られ「失くなると困るからちゃんとトランク入れて持ってくわ。ありがとな」といわれて嬉しかった。

会がお開きになったあとも、色んな人から(名前しか知らない人たちからも)声をかけられて「普通に感動したよ」「うちの部署でもやりたいな」といわれて、あれ、私会社辞める時もうここで学ぶことはほとんどないとか奢っていたけれど、忘れ物大分あったんじゃないの、とちょっとじわっと来たのでした。ほらお酒入ってたしね。

 

冷静になればまぁ「自分がこんなことされたら感激するなー」と思うし、皆でわいのわいの作る作業の楽しさに熱中してしまってたので先輩の方を見て作れば良かったなーとも振り返るんですが、それでも嬉しい。

自分がやったのは、箇条書きされた先輩のエピソードを文章化する作業と、あとその隙間を埋めるような作業だけだったのですけれど。自分の文章が「誰かの思いを伝える助けになる」という体験、もっと正確には「誰かの思いを伝える助けになった結果を見届ける」という体験に、なんだか心臓を絞られるような衝撃があったのです。

そして、これを常日頃からやってる、ライターや物書きの皆さん凄い。文章て書こうと思えば誰でも書けるし、このご時世SNSやブログで自分の言葉を上手く伝えられる人はたくさんいると思うけど。でも、他人の感情を、文字で伝える行為ができる人たちも、凄い。自分は「海外に行く先輩のためにみんなでやろう!」という心地よい強制力が働いたから拙いながらもできたけれど、でもこれを金銭とかボランティアでやれる気は毛頭しないのです。

 

職業、ブックライター。 毎月1冊10万字書く私の方法
 

成功者に代わって本を書き、思いを人に伝える「ブックライター」の仕事について、上阪徹氏の「職業、ブックライター。」を読んだことがあるのですけれど。

この本では「何より重要なことは著者が持っているコンテンツを世に送り出すこと」と書かれて、「才能は水平ではなく垂直なものだから、その才能を誰かが上手く代筆できるならそれもいい」という考え方がとても印象に残っているのですね。

そしてわたしは昨日、その感動の一片を味わったのだなぁと。

一夜明け酔いから覚めて、昨日漂ってた湿っぽさが抜けると、仄かな感動だけがそこに残っていて、自分のためじゃない文章を書く楽しさというかその意味というか、ほわほわ胸に浮かんでるのを拙いながら文章化してみた、という話でした。

 

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