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青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

片思いで終わってしまえ。

思考

大学のサークル仲間で集まる機会があって、学生でもないのにカラオケでオールした。どこでもそうだと思うけれど、同じサークルなら恋愛ごとのひとつふたつ当然のようにあって、自分たちもそうだった。何となく郷愁に駆られて、酔った勢いで「そういえばあの頃好きだったんだよー」といったら、「知ってた。でもサークル内恋愛毛嫌いしてたのも知ってた」と返されて、一瞬酔いが消えた。そういえばそうだったかもしれない。後は笑って別の話題に移った。

 

でも、振り返ると、理由はそれだけじゃない気もした。

恋に限らず、素敵だと感じたものが自分のものになると思った途端、色褪せる。努力して手に入れるまでの過程が楽しいけれど、そうして手に入れたものをその後ずっと、大切に愛でることに向いていない。階段を駆け上る途中は、それを手に入れたくてたまらないのに。

その逆で、いつの間にか手に入れていたものを年単位で持ち続けてしまう。手にした最初のきっかけすら思い出せなくて、でも気がつけば時間が積み重なっているような。そしてそのことに気がつくと、失えなくて執着してしまう。捨てられない。

 

結局、「欲しいもの」と「失いたくないもの」は、重ならないことも多いんだと思う。ふわふわした気持ちでいられる幸せな片思いなんて、実ったらすぐ色褪せた気がする。「凄く欲しいもの」には、手を触れずに手を伸ばそうとするだけがいい。それは恋が叶わないかもと思う臆病さともちょっと違う。

 

...。

 

人生がときめく片づけの魔法

人生がときめく片づけの魔法

 

という感じでですね、近藤麻理恵先生の「人生がときめく片づけの魔法」でものを残す基準にする「ときめき」って、自分にとっては「失いたくないもの」かもな、ということを再読して考えていたのです。「欲しいもの」は手に入れた段階でもう、役割を終えてる気がする。

でも考えるのですけれど、「失いたくないもの」=「ときめき」てなんだかとても後ろ向きだなぁ、ここはもっと「素敵なワンピースに私が合っていく」的な前向きさが必要なんじゃないの、と、そんなことをちょっと空想する、それだけの話です。

未来の私に合わせたい何かをときめきとして残す、的な。

 

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