青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

検索流入、或いは漂流するボトルメール。

ひとつ前の記事は、相手を限定的に書いた私信です。池袋リブロで詩の本の店「ぽえむ・ぱろうる」をすると新聞で知ったとき、「こういうの好きなんじゃないかな。」と頭に浮かんだ方がいまして。

でももうご存知な気がするなー、場所遠いかもしれないし。何より私の勝手な思い込みで、全然興味ないかもしれない。…そうだ、エアリプ的にブログに書こう!と。それで書きました。

池上彰氏の日経新聞連載コラムと、意味づいた記号の話。

でも振り返ってみると「意味づいた記号」ってなんだか、えふたっく(id:fktack)さんのブログ(意味をあたえる)を向いた書き方してるなー、と公開してから気がついた次第。したらば、

id:ornith (略)こうした“意味を与える”力って、「文章力」にも通ずるところがありそう。

とそのものずばり指摘されて、けいろーさんの慧眼恐るべしです。

私は前の記事で、えふたっくさんへの手紙も潜ませてたのかもしれない。多分毎日読んでいるから影響された、オマージュ的なものなのだと思います(ふくらんでいる方も読んでます!)

 

エアリプ気味にボトルメール。

そんな感じで、私信のようなブログを書きます。明確にあの人、のイメージで書く日もあるし、「タイムラインに流れてきた呟きへの返信」みたいな妄想で半エアリプ的に書く日もあるし、誰だかわからないけれど届けばいいなと書く日もある。あと、独り言のつもりが、投稿した後読み返すと、誰かに対するエアリプだったりする日もあるかもしれないわけでもないかもしれなくない。

こういう時、相手に受け取ってもらえたらそれはとても嬉しいけれど、気づかれなくてもまた楽しい。だって、代わりに思いがけない誰かに届くこともあるから。まるでボトルメールのようなもので、漂流して、どこかの海の浜辺の誰かの手に渡ったら、その偶然性が楽しい。

どうしても声を拾ってほしいときはこんなふうにidコールだったり言及だったりできるしね!

 

誰がために鐘は鳴る。

来週のプレゼン準備をしていて、でも新しい上司はしっくりいかないらしくいろいろ手直しされました。今は上司の癖とか思考プロセスとかを学習している段階なので、下手に遠慮されるよりもこうやって指摘受ける方が嬉しい。相手の得手不得手好みを知って、上司ナイズされた部下になる過程は苦でないのです。だいたいは。

でもあまりに馴染みすぎて、上司の方ばかり向いてるのは違う。だってこのプレゼンは相手企業に向けられたものなのです。というよりはその先、その商品・サービスを受け取るお客様を想像しながら企画されるものであるべきだと。

それは当たり前のことで、でも、目に見えるものしか想像できない私はいつも「わかった気になった」方だけを向いてしまうのですよね。

 

恋とはどんなものかしら。

唐突にブログで、検索流入を意識しはじめました。

きっかけは相当に単純かつ自分勝手なのだけれど、近場の書店で読書記録しおりの取扱いをやめたこと。どうしよう、これが日本全国の書店共通の時流だったら辛い。好きになったものがいつの間にか知らぬ間に消えていくことが耐えられない。そんな、伝えたいという自己満足的な使命感が抑えきれないのです。

ネットで読書関係の検索をする人が、須らく読書記録しおりの存在を知ればいいなぁ、と。そんな訳でのSEO対策意識しはじめました

それでGoogleさんのことばかり考えて、これじゃまるで恋してるみたい、と思ったけれど、でもそれは上司の方だけを見たプレゼンにも似て、多分違うんです。Googleさんのことばかり考えるのは、誰かに恋するというより、恋に恋するようなものだと思う。

届けたい人はもっとその先に居るんです。その相手と、どうして届けたいのかということを忘れてしまってはいけないんだと思う。できれば望む相手に届いて欲しいけど、或いは漂流して思いがけない誰かに届いて欲しい、そんなボトルメールのようなブログでありたいな、とか。

でも、途中で瓶が割れて海の藻屑となるのは悲しいから、せめてもの努力はしてもいいんじゃないかと。

 

未来の自分宛ボトルメール。

ではさてこの記事は誰に向いて書かれた記事かと言えばそれは、未来の自分に宛てた、届かなくてもあまり困らないボトルメールです。これから検索流入とかSEOとか意識し出すと、それなりに勤勉で相手に沿わせることが得意な自分は、検索アルゴリズムに向けて文章を書く未来もあるんじゃないかなと想像できるんです。

でもそれだと多分、ボトルメールというより、海に不法投棄するみたいな行為になる気がする。だから前の記事に書いた気持そのままで、あ、これ伝えたいな!という相手の顔が想像(妄想)できるようでいたい、そういう気持をボトルメールに詰めて流したい。そしてそれが、ボトルメッセージを開けた時、なんらかの「意味のあるもの」であったなら、きっと嬉しいのです。

 

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