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青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

舞台装置としての酒、演出としての酒。

思考

北陸新幹線のブームで同じ日本海側でも混んでないだろう、時代は新潟だ!という読みで新潟に旅行に行ってました。

新潟駅

新潟駅と越後湯沢駅にある「ぽんしゅ館」も巡ってみたんですよ。新潟越後の酒蔵93蔵から利き酒ができるところです。

ぽんしゅ館新潟駅店|新潟・新潟駅・日本酒・土産・観光

ぽんしゅ館越後湯沢店|新潟・越後湯沢駅・日本酒・土産・観光

写真たっぷりでお送りしたいところですが、ほぼ全部ブレてたので諦めました。良いんだ写真ブログじゃないし。唯一まともに残ってたのが越後湯沢のぽんしゅ館入口写真。

ぽんしゅ館

新潟は使える写真が全くないという体たらくです。絶好調で酔っ払ってたしね!ワンコイン500円でおちょこを渡され、5種のお酒と多彩な塩が肴に楽しめてほろ酔い気分になれます。楽しい。また行きたい。

どちらかといえば、越後湯沢の方がエンターテイメント感高かったです。近くに糀ソフトのお店とか、日本酒温泉とかあって色々楽しめましたし。何より駅ナカにあるのが良い(新潟はぽんしゅ館別の建物なんです。)

自分が好きなのが辛口だという確信が持てたのが新潟日本酒旅のハイライトです。ほぼ酔っ払い続けてましたが後悔はない。

それで、日本酒楽しみつつ思いついたんですけれど「純粋にお酒を楽しむ経験ってなかなか貴重じゃない?」と。

 

 幻冬舎plusで連載されていたはあちゅう(伊藤春香)さんが「20代女子のご飯偏差値は不倫でつくられる」(掲載終了)というコラムを書かれていて、

ここぞというレストランに行った時に

「食べきれなかったら残していいからね」と味見のためにご飯を頼んでくれたり、

お腹がいっぱいになった後のバーで、

「テーブルが寂しいからつまめるものを」

という理由で頼まれるご飯は、

「レストランはお腹を満たすために行く場所」という

女子大生初期の私には無かった考え方で、

ご飯というのは時には、エンターテイメント

時には舞台装置なのだという、新たな価値観を得たのです。

空腹を埋めるわけではない「テーブルを埋めるために頼むご飯」、舞台装置としてのご飯を知った、という話をされてます。

 

それで、ご飯に限らずお酒も「舞台装置」として頼むことってあると思うんですよ。

お酒の味そのものを楽しむわけではなく、そこがどういう場面であるかの記号として頼まれるお酒。飲める飲めない、好き嫌い領域とは全く別の舞台装置としてのお酒です。実際、高いのに乾杯するだけで口もつけないお酒、たくさんありますよね?

 

一方で、大学のサークル飲みや職場の打ち上げ。あれって多分「このお酒好き!おいしい!」と心から思って参加する人って少ないと思うんです。楽しく酔った「ふり」をして打ち解け、気分が高揚した「ふり」をして別れを惜しみ、お酒の勢いを借りた「ふり」をして思いの丈を語る。

お酒の味は関係なくて、コミュニケーションをスムーズにするために頼まれるお酒、みたいな。それは、舞台装置よりは一歩進んだ、ある意味「演出としてのお酒」という気がします。

 

「舞台装置としてのお酒」「演出としてのお酒」ときまして、今回の新潟の日本酒一人旅。これはただ純粋にお酒を楽しんだ気がするんです。

お酒自体の味を楽しんで、香りに浸って、酔いという揺らぎを楽しむ。そうかこれが甘口と比べた辛口というもので、しっかりお米の感じが残っているってこういう余韻のことをいうのかと。

「お酒が好きだ」ていう人のお酒好きって、 舞台装置として、演出として色々あると思うのだけれど、これからは、理由をつけて飲むわけではないお酒も嗜んでいけたら素敵だなぁと、寂しく一人おちょこを傾けた新潟の空でした。おそまつ。 

 

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