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青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

絵画は作者名で鑑賞しますか?

思考

外資系経験者の書く本がマイブームだった時期があります。パワポとかエクセルとか仮説思考とか。それで、外資系、特に外資系コンサルと呼ばれる人たちに夢を抱いてたんですね。優秀さの質が凡人とは全く違っていて、企業の課題を予想だにしない方法で解決しちゃう、そんな幻想。

それから実際に外資系コンサルの方々とお仕事する機会があったんです。したらばとても失礼なことに「優秀だけど、想像の範囲を越えない優秀さなんだなぁ」と目が覚めてしまった。すごく優秀なんです、でも彼らも、特効薬的に魔法のように問題解決できるわけはなくて。まぁ当たり前なんですけども、勝手に期待して勝手に失望したという自分勝手な話です。

 

話変わりまして。「無伴奏チェロ組曲 第1番 - プレリュード」が好きです。

理由は演劇やってた頃に好きなシーンに使われてた曲がプレリュードで、曲を聞き返すたびそのシーンと台詞が思い出せるから。この曲をJ.S.バッハが作曲したことは、私にはほとんど意味をなさなくて、バッハにはこの素敵な曲を生み出してくれてありがとう!という感謝ぐらい。

いつだったかなぁ、会話の中で「プレリュードが好きなんですよ」に「バッハで一番有名だよね。じゃあパブロ・カザルスの演奏解釈知ってる?」と小馬鹿に返された時はじめて、そうかこの曲はバッハ作曲なのか、ついでにカザルスってなんだ、と思ったものです。だって有名な曲だから好きなんじゃなくて、思い出があるから好きになったんですもの。あ、今はカザルスにも感謝してます、「プレリュードを末長く生き長らせた人」らしいので。

 

音楽と演劇つながりでもう一つ。大学時代一緒にオペ室組(機器操作室で作業する照明&音響担当)だった音響班の子は、有名な楽曲を使うのをすごく嫌がったんです。演出にいつも「使うのは笑いをとるシーンだけにさせて」といってた。著作権的な理由の時もあったけれど、一番の理由は「その曲の有名さに芝居がひきずられるから」。

観客それぞれがイメージを、悪くいうならレッテルを貼ってしまう可能性が高い有名曲の場合、その場面だけ観客の耳がステージから現実に引き戻されちゃうそうな。だからオマージュやパロディとわかるとき以外は使わないと。そういえばそうでした、冒頭のプレリュードが使われた芝居も、「チェロの有名な楽曲」を前提にした演出でした。

 

さらに話変わりまして。徳島の大塚国際美術館が好きで、何度か行ってます。世界の名画1,000点以上がオリジナル原寸大の陶板で再現された、美術館のような博物館のような場所です。

私がここを好きな理由って「作品の有名感が飽和している」からなんですね。有名作が並びすぎて、一作一作の特別感がなくなっている。パワーインフレみたいな感じです。そこで好きになった作品は多くて、いつか現物が見にいきたいなぁと思ってるんですが、そんな作品の一つにハンス・ホルバインの「大使たち」があります。これのオリジナルはイギリスのナショナルギャラリーに所蔵されてます。

ある時思い出してびっくりしたんですが、私、旅行でロンドンに行った時、ナショナルギャラリーも立ち寄っていて、だから「大使たち」は見てたんですよ。というか「あーこれが教科書に載ってる絵か」と思ったことを覚えてる。

だから、すごく勿体無いことしたなぁと。あのとき「これが有名な絵か」なんて思わずに、絵の随所に散りばめられた違和感に気づけたなら、今よりずっと早く絵が好きになれたかもしれないのに。知らず色眼鏡をかけて、あったかもしれない可能性を見過ごして、勿体無いことをしたなぁと、後悔しているのです。イギリスまでは飛行機で12時間もかかるのに。

 

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