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青猫文具箱

本と文房具を愛でる日々。

存在しない「書籍記者」。または点、線、面のメディア。

思考

仕事で雑誌記者の方にインタビューされる機会があって、最後「今回の話は年明けの○頃当誌に掲載予定です」と言われました。「その時期は法律が変わるらしいので、ちょっと状況違うと思います。なので注釈で〜」みたいな会話をし、その時新聞と雑誌ってメディアの特性が違うんだなと再認識をしたのです。

 

そこでふと思ったんですが、新聞記者、雑誌記者って存在しても、書籍記者って存在しないんですね

 

THE21 2009年10月号の特集「一流の読書術VS.二流の読書術」の中で、経営コンサルタント 野口氏の読書術として、

  • ウェブ・新聞=点の情報
  • 雑誌=線の情報
  • 書籍=面の情報

という考え方が出てきます。

THE 21 (ざ・にじゅういち) 2009年 10月号 [雑誌]

THE 21 (ざ・にじゅういち) 2009年 10月号 [雑誌]

 

フロー型としてのウェブ・新聞、ストック型の書籍とも言い換えられるかな。線の情報である雑誌は、フロー型とストック型の両方の傾向を兼ね備えます。刊行頻度(日刊〜季刊)によって、その比率は変わる感じ。

フロー型の情報の特徴は「情報は鮮度が命」であること。一方でストック型の情報は「情報は精度が命」であること。蓄積されるストック型の方が、その特性的にいえば精度が上がっていくわけです。

 

それで冒頭の、新聞記者と雑誌記者、それから存在しない書籍記者の話。

そもそも記者とは?ですけども、ここでは企業内記者もフリーランスも関係なく、自分で一次情報を取りに行き、その裏取りをしてる人たち。その一次情報をもとに記事を書く人たち、という解釈です。当事者ではなく部外者、客観的視点を持った人たち。

 

新聞記者は、自身は情報を線で追いつつ、読者に提供するのは点の情報です。読者は自分で点と点を線で繋いで推測する。ただ、新聞記者が公開する点の情報自体、それが全ての点とは限らないので、点の結び方によっては状況が見えてこなかったり。

さらに、ここにTwitterやFacebook辺りから、同じ問題領域として結びつけていいのか首をかしげるような点の情報がもたらされると、点と点を結んだ情報が、線ではなくオリオン座のような別の図形になったり。

 

一方の雑誌記者は、自身は情報を面で捉えつつ、読者に提供するのは線の情報です。時系列情報、関連情報などは「読むだけでわかる」けれども、もっとマクロ的な、システム全体から見て、世界から見て、歴史から見てと言った大局しての情報は欠ける場合が多い。だから読者は、自分の知識だったり経験をもとに、線を広げて面を推測するわけです。

ただこの場合、雑誌記者がすでに引いた線をベースにして話が展開されるので、場合によっては点で提供される情報よりも厄介です。

だってやはり人は、最初に錨を下ろした場所、アンカリングに引きづられるので。そもそも雑誌自体、プル型情報(自ら取りに行く情報)なので、ネットやテレビで流れてくるプッシュ型情報(受け身で受容する)よりも偏っちゃいますしね。ただ、点の情報を自分で咀嚼しきれない場合はありがたいものでもあります。 

 

 

そして、存在しない書籍記者

新聞や雑誌は記者が情報を収集して記事を書くけれど、書籍になった途端、記者が書くものではなくなる。

書籍を書くのは、記者が情報を取りに行く先、その情報を持つ本人だったりその周辺の専門家だったり。そうした人たちが、おそらく自身の主観的で立体的な知識だったり経験だったりの中から、一面を切り取って面としての情報を読者に提供する

 

つまり、送り手側からすれば点と線は連続性があるけれど、面との間に連続性はないのです。それを情報として受け取る側は、情報を点から線、線から面と連続して考えるのに

さらには、記者という部外者によってもたらされた客観的情報ではなく、本人やその周辺による、一面を切り取った主観的情報になる。詳しいかもしれないけれど、全体的な意味づけの観点からは正しくないかもしれない情報に。

 

なんてことを、今、朝日新聞の吉田証言訂正(調書ではなく連行の方)を検証する雑誌を読みながら、いかに自分たちは点だったり線だったり面だったりの情報に踊らされるんだなーと思った次第。立体的な現実情報の中では、面ですら一面の情報でしかないって忘れがちですよね。木を見て森を見ず、とか。

 

そんなとりとめない雑感でした。

 

ちなみにここまで書いて思ったんですが、ネット礼讃主義な人々が提唱する「新聞テレビは偏向してるからネットが正しい。」説のネットって、点・線なんですかね?面なんですかね?

新聞記者が情報収集して書いた記事を列挙して自分なりの解釈を添えただけのキュレーターの意見が正しい、なんて、やってることテレビの情報番組と一緒じゃん的なことはないはずですけど、ゆるふわっと首をかしげてみたり。

「この間ランチしたお店、テレビでディナー特集してたけど店員のマナー悪かったから、テレビなんて信用しない」ならによによする。

 

追加)

頂いたコメントの、

id:cider_kondo 書籍記者に相当する概念というと普通は「ノンフィクション作家(ノンフィクションライター)」なんですかね。ジャーナリストやレポーターじゃなくライター。印税制度があるからそうなるのかな

は、やっぱり思いますよね。最初佐藤優氏が思い浮かんで本文入れようかなと思ったんですが、メンタル的に、ノンフィクション作家って自分で自分をイコール記者と思ってるんだろうか、と。1人で1冊書きあげちゃいますし(それこそ印税の関係?)